序 高 濱 虚 子
村上鬼城といふのは既に舊い名前である。『新俳句』を讀んだ人はすでに鬼城といふ名前に親しみを持つて居ねばならぬ。獨り俳句のみならず、ホトトギスの早い頃の寫生文欄に鬼城の名前はしばしば現れてゐる。それが暫くの間、句にも文章にも餘り其名を見なかつたのであるが、數年前高崎に俳句會が催されて鳴雪翁と私とが臨席した時、其席上に鬼城君のあることを私は初めて知つた。實は其會に列席するまで、此日鬼城君に會はうといふことは格別待ち設けてゐなかつたことで、私は鬼城君が高崎鞘町の人であることは十分承知してゐながら、此席上に同君を見受けようとは豫期しなかつた程、私は其頃同君を頭に止めてゐなかつた。といふのも畢竟同君の名を其頃ホトトギス誌上に見ることが稀であつて、同君は同じ時代の多くの俳人の如く今はもう俳壇に氣を腐らして、ホトトギスも見ねば俳句も作らずに居るといふやうな状態にあるのであらうと豫想してゐたのであつた。ところが此日地方で社會的地位を保つて居る多くの人とか若くは衒氣一杯の靑年俳人等が我物顏に振舞つてゐる陰の方に、一人の稍々年取つた村夫子然たる人が小さくなつて坐つてゐた。それが初對面の鬼城君であつた。其時は別に運座があつたわけでもなく課題句も二句宛持ち寄つたのを鳴雪翁と私とが選拔するのであつたが、其時私の天に取つた句が計らずも鬼城君の句であつた。僅か一人二句宛の出句であるから十分に同君の手腕を認める事も出來なかつたけれども、其二句共に稍々群を拔くものであることは直ちに了解された。其時俳話をせよとのことであつたので、私は何かつまらぬ事を喋舌つた。大方忘れて仕舞つたが、唯此地方に俳人鬼城君のあることを諸君は忘れてはいかぬといふやうなことを言つたことだけは覺えてゐる。其後我等は席を改めて會食した其中に鬼城君も見えた。鬼城君が不折君以上の聾であることは此夜初めて知つた。同君は極めて調子の迫つたやうな物言をしながら、こんなことを言つた。 『どうも危くなつてとても人中へは出られません。ちつとも耳が聞えないのだから、人が何を言つてゐるのか更に解らない。どうも世の中が危つかしくて仕方がない。今夜のやうな席に出たのは今日がはじめてである。』
とそんなことを言つて笑ひもせすにまじまじと室の一方を視詰めてゐた。
其後同君の句を見る機會は非常に多くなつた。獨り高崎の俳人仲間で頭角を現はしてゐる許りでなく、雜詠の投句家としても嶄然として群を抽ん出てゐて。今の若い油の乘り切つてゐる俳人諸君と伍して少しもヒケを取らぬばかりか、流石に多年練磨の跡が見えて蔚然として老大家の觀を爲してゐる。
もし同君を見て單に偏狹なる一畸人となす人があるならば、それは非常な誤りである。同君が高崎藩の何百石といふ知行取りの身分でありながら耳が遠いといふことの爲に適當な職業も見つからず、僅かに一枝の筆を力に陋菴に貧居し、自分よりも遙かに天分の劣つてゐると信ずる多くの社會の人々から輕蔑されながら、ぢつとそれを堪へて癇癪の蟲を噛み潰してゐるところに、溢れる涙もあれば沸き立つ血もある。併し世間の人に其を了解するのに餘り近眼である。
或る時同君は私に次のやうな意味の手紙をよこしたことがあつた。
『人生で何が辛いと言つたところで婚期を過ぎた娘を持つてゐる程苦痛なことは無い。自分は貧乏である。社會的の地位は何もない。さうして婚期を過ぎた娘を二人まで持つてゐる。私はそれを思ふ度にぢつとしてゐられなくなる。かと言つて何うすることも出來ない。いくらもがいたところで貧乏は依然として貧乏である。聾は依然として聾である。今日も一日の勞働をはたして家へ歸つて來て此二人の娘を見た時に、私の胸は張り裂けるやうであつた。私はもうぢつとしてゐられなかつた。……』
同君の眼底には常に此種の涙が湛へられてゐる。同君は只かりそめに世を呪ひ、人を嘲るやうな、そんな輕薄な人ではない。同君の寫生文が常に
世を戀うて人を怖るゝ夜寒哉 鬼 城
『世の中が危つかしくて仕方が無い』と言つた同君の心持は其時の言葉以上に深く強く此句に現はれてゐる。同君が世の中に出ないのは人を怖れて出ないのである。世を厭うて出ないのではない。同君が世間の人を怖るゝのは世間の人が皆聾でないからである。世間の人が皆聾であつたならば、同君は大手を振つて人に馬鹿にされず、人に壓迫されずに大道を潤歩することが出來るのである。只世間の人が皆よく聞える耳を持つてゐる。さうして耳の遠い聾者や眼の見えぬ盲者などを、輕蔑する獸性も持つて居る。同君が人を怖るゝのは其爲である。恰も人間が人間以上の武器――爪とか牙とか――を持つて居る猛獸を恐れるのと同じやうな心持である。そこで何彼につけて尻込みをして人中に顏を出さずに居ると近眼な世間の人は直ぐ畸人だといふ一言のもとに輕く其人の心持を忖度して仕舞ふ。さうして自分等の住んでゐる世間とは全く沒交渉な人のやうに解釋して仕舞ふ。何ぞ知らん鬼城君の世間を戀ひ暮ふ心持は普通の人間以上であつて、普通の人間以上の熱い血は其脈管の中に波打つてゐるのである。此熱情は或時は自己に對する滑稽となり、或時は他の癈人若くは人間よりも劣つてゐる生物等の上に溢れるやうな同情となつて現はれるのである。
耳聾酒の醉ふほどもなくさめにけり 鬼 城
春の夜や灯をかこみ居る盲者達 同
痩馬のあはれ機嫌や秋高し 同
己が影を慕うて這へる地蟲かな 同
冬蜂の死にどころなく歩きけり 同
夏草に這上りたる捨蠶かな 同
耳聾酒といふのは社日に酒を呑むと聾が治るといふ言ひ傳へから其日に飮む酒を耳聾酒と言つてゐる。そこで自分も聾だから、其耳聾酒をのんだがはつと醉うたと思ふ間もなく醒めて仕舞つたといふのである。初めから耳聾酒で聾が治るといふやうなことにはさう信用も置いて居ない。けれどもさういふ言傳へがある以上兎も角も飮んで見る氣になつて飮んだ。一時ぱつと醉つた時は好い心持であつたが忽ち醒めて仕舞つて、もとの淋しい聾に戻つて仕舞つた。そのはかない醉に輕い滑稽を感ずる。同時に又其酒を飮んでみる氣になつて飮んだ自分に對しても輕い滑稽を感ずる。此『耳聾酒』のやうな句を讀んで只輕みのみを受取る人は未だ至らぬ人である。此表面に出てゐる輕みの底には聾を悲しむ悲痛な心持が潛在してゐるのである。
『春の夜や』の句は聾者が盲者に寄せた同情の句で春の夜の長閑な心持を味ふのは必ずしも健康な人に限られた譯ではなく、不具の人も亦これを樂しむのである。少くともこれを樂しまうとする欲望は十分にあるのである。眼の見えぬ盲者に灯は必要のないことであらうと考へるのは普通の人の考であつて、矢張春の夜らしく灯を置いたもとに盲人達は團坐して樂しげに語りつゝある。其樂しげに語りつゝあるといふことのうちに反つて淋しみがある。盲者が灯を圍んでゐるといふことは一つの矛盾で滑稽である。此句も表面に滑稽の味があつて裏面に心の痛みを隱してゐる。
『痩馬の』句は廢人に對する同情が、動物に及んだものであつて、馬も肥え太つたものであれば恰も世に時めく人のやうに所謂天高く馬肥えたりといふ時候に高く嘶いて居るのを見たところで、それは當然のことで別に人の注意をも引かない。少くとも此作者はさういふ肥馬に對して餘り同情はない。所がそれは痩馬である。それが矢張他の肥馬同樣、秋になつて空の高く晴れた時分に好い心持になつて機嫌よく働いてゐる――痩馬には不似合な重い荷物を運んでゐる――へとへとになつて疲れ切つてゐるか、若くは不機嫌で馬子の言ふことも聞かずに打たれても撲られても動かずにゐるといふ風なのならば、同じく痩馬の憐れむべき所な見出したにしても最早疲れ切つて用をなさなくなるとか、或は不貞腐れて馬子の意に背くとかそこに人間に對して有意若くは無意の反抗がある、ところが此句に現はれた痩馬はそんな反抗心は少しもない。分不相應な重い荷物を引かされながらも、秋の好い時候に唆かされて、たゞ好い機嫌で働いてゐる。そこに反つて前の反抗する馬に比べて一層深いあはれがある。痩馬が好い機嫌でゐるといふことは一寸聞くとそれも輕い可笑しみを感ずるのであるが、其底には沈んだ重い悲しみがある。此痩馬に對する格段な作者の同情は軈て作者自身に對する憐憫の情である。
『己が影』の句は冬の間久しく地中に籠つてゐた地蟲が所謂啓蟄の候となつて地上に出て來た。そしてよろよろと地上を這つてゐる。其時の光景を描いたものであるが、今迄久しく地中にあつたものが久振りに地上に出て、暗い折から明るい日光の下に出たのであつて何となく心細氣である。それで此蟲は地上に映つてゐる自分の影を慕うて歩いてゐる。太陽は地蟲の這つて行く方向の反對の側にある爲めに、地蟲の影は常に地蟲に先だつて映つて行く。小さい穴の中から空爆たる地上に出て何もたよるものゝない地蟲は只己が影をたよりに這つて行くといふのである。地蟲は只無心に這ふ。地蟲の影は地蟲が這ふ爲めに無心に動く。それに對して作者の深い同情は『這うて』といふ意味を見出すのである。此作者が其蝸牛の廬を出でゝ廣い往來を歩く時には往々かゝる考を起すのではあるまいか。假令往來を歩く時にかゝる考を起さないにしても斯ういふ心持は平常何かにつけて作者の心の奧深く釀成されつゝあるのであらう。
『冬蜂』の句は、前の『地蟲』の句に似寄つたところもあり、反對なところもある。地蟲は籠居してゐた穴な出てこれから自分の天地となるのである。假令穴を出た當時は心細げに己れの影を慕うて歩いてゐても、ゆくゆくはそこを自分の天地として横行潤歩するやうになるのである。ところが此句の冬の蜂の方は、最う運命が定まつてゐて、だんだん押寄せて來る寒さに抵抗し得ないで遲かれ速かれ死ねるのである。けれどもさて何所で死なうといふ所もなく、仕方がなしに地上なり縁ばななりをよろよろと只歩いてゐるといふのである。人間社會でもこれに似寄つたものは澤山ある。否人間其物が皆此冬蜂の如きものであるとも言ひ得るのである。
『夏草に』の句は矢張作者の同情が昆蟲の上に及んでゐる一例で、例へば桑が足りないとか、若くは病が出來たとかで昨日まで飼つて置いた蠶を人はどこかの草原に打棄つた。ところが其蠶は其邊の地上に散らばつて各々食物を探して歩いてゐる。その中に若干の蠶はそこに秀でゝゐる夏草の上に這ひ上つたといふのである。此句には『己が影を慕うて』とか『死に所なく』とかいふやうな主觀詞は別に用ゐてなく、只客觀の光景が穩かに叙してあるばかりであるが。其でゐて何うする事も出來ぬ此蠶の憐れむべき運命の上に痛み悲しんだ作者の心持は十分に出てゐる。
五月雨や起き上がりたる根無草 鬼 城
小さうもならでありけり莖の石 同
作者の同情が動物のみならず植物にまで及び、生物のみならず無生物までに及ぶ一例として此二句を擧げる。『五月雨』の句は刈り取られたか、引拔かれたか、兎に角根の無くなつた草が地上に打捨てられてあつた。それが五月雨が降る爲めに、今迄萎れて其まゝ枯れようかと思つてゐたのが、意外にも頭を擡げて起き上つて來た。それを見た時に作者は憐れを催して、此草は生き返つた如く、かく頭を擡はじめたが、それは降りつゞく雨の間のことで、雨がやんで日が當つたら忽ち枯れて仕舞はなければならぬものだと、反つて一時かりそめに起き上つたところに深い憐みを持つたのである。
『小さうも』の句は古く用ゐ來つた莖の石は別に小さうもならずにゐる。と言つたので石が小さうならぬのは當然の事であるけれども、多年古妻の手に持ち古された石に對する同情が、斯ういふ心持を作者に起さしめたのである。
次に作者の句に最も多いのは貧を詠じたものである。
麥飯に何も申さじ夏の月 鬼 城
月さして一間の家でありにけり 同
草箒二本出來たり庵の産 同
茨の實を食うて遊ぶ子あはれなり 同
庵主や寒き夜を寢頬冠 同
いさゝかの金ほしがりぬ年の暮 同
冬の日や前にふさがる己が影 同
『麥飯に』の句は、特に『貧』といふ前置が置かれてゐる句である。自分は貧乏で麥飯で飢をしのいでゐるやうな境界である。然し自分は何も言はない、決して不平がましいことなんかを言はうとは思はない、自分は仕方がないものとあきらめて分に安んじて居る、そして此中天にかゝつてゐる凉しい明るい夏の月を領してゐることをもつて無上の光榮とも感じ慰藉ともする、といふのである。
『月さして』の句も同じことで、これは秋の月が檐深くさしこんで、疊の上に淸光を落してゐる。我貧居はたゞの一間であるが、それでも此明るい月がさし込んでゐるので金殿玉樓にも勝るやうな心特がするといふのである。
『草箒』の句は自分ところに植ゑた箒草で、草箒が二木出來た。それが非常に嬉しいので貧しい暮しをして居るさゝやかな住居であるけれども、自分の庭に生えた箒草から草箒が二本出來た。即ちこれが我庵の産物であると、誇りがに言ふのである。草箒二本を庵の産物として誇るところに作者の貧によつて亂されぬ安心がある。が其奧底には強ひて草箒をもつて庵の産物として誇らねばならね心の淋しさがある。富貴を忘れ去らうとする心の抑壓がある。前二句の月を伴侶として總ての不滿足を忘れようとするのも同じ傾向である。
『茨の實』の句は恐らく貧兒を描いたものであらうと思ふ。もとより子供のことであるから貧しく暮らしてゐない子でも、遊ぶ方の興味から飯事などをする時に食ふやうなこともあるかもしれないが、此句はさういふ子供ではなくつて、茨の實すら食ひながら遊んでゐる貧兒を言つたものであらうと思ふ。平常空腹勝であつたり、假令さうでなくつても砂糖其他の美味な菓子に食欲を滿足をさしてゐない子は、茨の實をすら食つて遊んでゐるのである。それをあはれと見たのである。
『庵主や』の句は、冬も殊に寒さの烈しい夜は仕方がないので頬冠をして寐るといふのである。布團も十分に重ねる事が出來ず、ストーヴは素よりの事火鉢に火を埋めて間暖めをする事さへ出來ない。まゝよ頬冠でもして寢ろと手拭を冠つて寢たといふのである。貧に屈託しない磊落な心持もある。同時に又貧を憤るやうな心持も潛在してゐる。
『いさゝかの』の句は、年の暮になつて頻りに金が欲しい、それも澤山な金といふのではない、それは僅かばかりの金である。富者ならばほんの小使に過ぎない程の金である、然も其金が容易に手に入らない。といふのでこれもどうすることも出來ぬ天福の薄い貧者の境遇を言つたものである。
『冬の日』の句に、自分の影が自分の前に塞がつてゐるといふので、それが春とか秋といふ快適な時候でなく、冬といふ貧乏人には殊に不向きな時候で、寒さに顫へ、温いものも十分に食へず、軈ては年の暮も近づいて來るといふ時に、何だか自分の影法師が自分の前に立塞がつてゐるやうな物の雍塞してゐるやうな感じを言つたものである。此句の如きは月の淸光を誇りとし、草箒の産を得意とするやうな負惜みすらよう言はないでつくづく貧者の行きつまつた心持を言つたものである。
今朝秋や見入る鏡に親の顏 鬼 城
綿入や妬心もなくて妻哀れ 同
『今朝秋』の句は、自分が年取つて、恰も秋の立つた日に鏡を見ると鬢髮漸く白く、額の皺もやゝ刻まれて、自分が子供の時見馴れて居つた父の顏によく似てゐる。われながらよく似て居るものだと、暫くの間凝乎と鏡に見入つてゐたといふのである。
『綿入や』の句は自分の妻の老を詠じたもので、冬になつて丸く綿入を着重ねてゐる妻は、もう嫉妬心もない位に生氣が衰へてゐる。それが流石にあはれに感じられるといふのである。
此二句は自分並に妻の老を詠じたものであるが、尚ほ其他に老といふことを此作者は好んで題材とする。
御僧の息もたえだえに午寢かな 鬼 城
柿賣つて何買ふ尼の身そら哉 同
癈疾、弱者、貧、老、等に對する作者の熱情は勢ひ又方外の人にも及ぶ。僧が老いて午寢をしてゐる、その寢たところを見ると息をしてゐるかしてゐないか解らぬ位の模樣で、半ば死んだ人のやうに、殆ど木石かとも疑はるゝやうに眠つてゐるといふのである。次の句の方は尼を詠じたので、その尼は尼寺の檐端の柿を商賣人に賣つてゐる。尼はその柿を賣つた金で何を買はうといふのであらう、金を持つ樂しみといふものも畢竟身につけるものとか、口に甘いものとか、耳目を喜ばすところのものとか、さういふものを得たいが爲めである。この尼は頭を圓め、墨染の衣をまとひ、粗末なものを食ひ、貧しい田舍の尼寺に住まつてゐる身である。柿を賣つて若干の金を得たところでそれで、何を買つて樂しまうといふことも出來ない境遇のものであるではないか。全體其金を何にするのかといつたのである。斯く言つたところで敢て尼をなじつたといふ譯ではない。さういふ境遇にゐる世捨人としての女性を憐んで言つたのである。
斯く叙し來ると君の俳句の境界は餘程一方に偏つてゐるやうに考へられるであらうが、必ずしもさうではない。
初雪の美事に降れり萬年靑の實 鬼 城
土塊に二葉ながらの紅葉かな 同
樫の實の落ちてかけよる鷄三羽 同
露凉し形あるもの皆生ける 同
これ等の句は聾を忘れ、貧を忘れ、老を忘れ、眼前の光景に打たれて其まゝ吟懷を十七字に寓したものである。此種の句も亦此作者に少くはない。
鹿の子のふんぐり持ちてたのもしき 鬼 城
袴着や將種うれしく廣額 同
等は更に進んで稍々積極的の心持ちを現はした句である。けれども彼の心を躍らすものは、ふぐりか若くは廣額である。彼の句中何處を探しても女性的の艶味あるものは一つも見つからない。僅に探し當てた所のものでも、
玉蟲や嫁が箪笥の二重ね 鬼 城
風呂吹や朱唇いつまでも衰へず 同
の類で其着想なり調子なりに、どこまでも強味が伴つてゐる。君の句を見て輕々しく其滑稽味を非難する人も、女性的に厭味があるとして君の句を非難することは、それは木によりて魚を求る類で、終に出來ない相談である。終りに君の句が主觀に根ざしてゐるものが多いに拘はらず、客觀の研究が十分に行屆いてゐて、寫生におろそかでないといふことも是非一言して置く必要がある。
晝顏に猫捨てられて泣きにけり 鬼 城
草箒二本出來たたり庵の産 同
夏草に這上りたる捨蠶かな 同
瓜小屋や蓆屏風に二間あり 同
土塊に二葉ながらの紅葉かな 同
樫の實の落ちてかけよる鷄三羽 同
庵主や寒き夜を寢る頬冠 同
小春日や石を噛み居る赤蜻蛉 同
御命講や立ち居つ拜む二タ法師 同
道ばたの小便桶や報恩講 同
初雪の美事に降れり萬年靑の實 同
冬蜂の死にどころなく歩きけり 同
落葉して心もとなき接木かな 同
是等の句を見るものは、其客觀の研究の苟めでなく、寫生の技倆の卓拔であることを誰れも否む事は出來まい。
君の句も君の文章と同じく、昔から上手であつた。然し乍ら他の何物にも煩はさるゝ事なく、自己の境地を大手を振つて濶歩するやうになつた、其確かなる自信を見出した事は、或は最近の事ではあるまいか。君の句に曰く、
糸瓜忌や俳諧歸するところあり 鬼 城
蕪村忌や師走の鐘も合點だ 同
煮凝やしかと見とゞく古俳諧 同
(ホトトギスより轉載す)
序 大 須 賀 乙 字
芭蕉を俳聖と呼ぶ所以のものは、彼の句に其境涯より出でて對自然の靜觀に入つて居るものが多いからである。明治以後隨分作者も多いけれど、境涯の句を成し得るものに至つては寥々として數ふるばかり、而も一人四五句を有すれば以て生涯の誇りとするに足る。蓋し境涯の句といふは人生の悲慘事を嘗め盡して初てめて得らるべく、杜詩以○州爲上乘、蘆庵和哥寓太秦時稱最深妙と古人も言うて居るが、眞實其境に至らねば作意を以て得る事は出來ぬ。世間の作者は畢竟俳優である。悲哀も寂寞も逸興も皆俳諧的のはからひ、小主觀を以て色づけて居るに過ぎずして實行的努力の汗と涙とが伴つて居ぬから化の皮は直ぐ現はれるのである。しかるに
鳥共も寢入つて居るか余吾の海 路 通
といふやうな句になると乞食生涯の宿るに家なく、寒風に晒らされながら琵琶湖畔をさまよへる有樣で、讀者を慄然たらしむるものがある。言ふ者心なくして聞く者却て身をふるはすやうの眞實さが籠つて居る。古來境涯の句を作つた者は、芭蕉を除いては僅に一茶あるのみで、其餘の輩は多く言ふに足らない。然るに、明治大正の御代に出でて、能く芭蕉に追隨し一茶よりも句品の優つた作者がある。實にわが村上鬼城氏其人である。氏は近頃ホトトギス誌上に杉風論を書いて『杉風を弔して第一に燒香するの權利は、之を餘に許せ』とて杉風を借りて氏自らの境涯を論じて居る。杉風も亦よく境涯の句を作り、且つ耳聾を病めるの點相似たるが故に、同情の餘り自ら覺ずして平生の抱負を述ぶるに至つたのであらう。『乃ち、古今なく、束西なく、始なく、終なき處、未だ曾て一人の足跡を印せざる處に向つて、死所を求めざる可からず』と言ふは、或は氏が古今俳壇上特殊の位置を要求する正當の言であるかも知らぬ。又杉風の句を論じて『爪を剥がれ指を折られサンザンに責めさいなまれて、我とはなしに咽喉を破つて迸り出たる哀音なり、悉くこれ彼の骨肉の斷片なり』といふ評は杉風の大體に温藉な句風に對してよりは、寧ろ鬼城氏の作に適合した處である。又『眞個に人間の苦しみを經來つて、人生の孤獨乃至悲哀といふことが本音に知れゝば、イヤでも眞實に達すべく、而して一度眞實に達すれば物我一如の境に達す』と言はれた如く、氏は自然に對してまことの同情を有するが爲め、何物を詠じても直に作者境涯の句となつて現はれるので、句俳優の輩の遠く及ばざる處である。
杣の子の二つ持ちたる手毬かな
鬪鷄の眼つぶれて飼はれけり
鹿の角何にかけてや落したる
花散るや耳ふつて馬のおとなしき
水草の浮きも得せずに二葉かな
夏草に這上りたる捨蠶かな
痩馬のあはれ機嫌や秋高し
飼猿や巣箱を出でゝ月に居る
野分して蜂吹き落す五六疋
野分すや吹き出されて龜一つ
小春日や石を噛み居る赤蜻蛉
痩馬にあはれ灸や小六月
鷹老いてあはれ烏と飼はれけり
集中、小百姓、盲犬、雀、老、法師等を材料に採つた句が多いのも亦境遇の然らしむる所、自嘲の詞、憫憐の情が殆ど全集に溢れて居る。
治聾酒の醉ふほどもなくさめにけり
時鳥鳴くと定めて落付けり
月出でてつんぼう草も眺めかな
芭蕉忌や弟子のはしなる二聾者
冬蜂の死にどころなく歩きけり
二聾者といふは暗に杉風と自身とを指して居る。冬蜂の死所なくての一章、何ぞ悽慘たる。かの捨蠶といひ石を噛む蜻蛉といひ、皆作者の影である。氏の寫す自然は奇拔の外形ではなく、深く其中核に滲透したる心持であから、一見平凡に見えて實は大威力を藏して居る。
暑き日やだしぬけ事の火雷
夏の夜や遠くなりたる箒星
靑葉して淺間ヶ嶽の曇りかな
淺間山の煙出て見よ今朝の秋
街道やはてなく見えて秋の風
谷の日のどこからさすや秋の山
稻雀降りむとするや大うねり
小鳥この頃音もさせずに來て居りぬ
この小鳥こそ氏の獨坐愁を抱く懷情そのまゝの姿ではないか。氏杉風を評して『質を以て文に勝ち』といひ『苦吟鬼神愁』といふ語を借られたが、うつして以て氏の作風を評すべきである。僕謂ふ、鬼城氏は作者として杉風を凌駕するのみならず、實に明治大正俳壇の第一人者なりと。又謂ふ彼の蕪村子規の徒の作は之を作ること敢へて難からず、鬼城氏の作は竟に學び易からずと。之を以て序となす。
(大正五年十一月二十七日誌)
△TOP
例 言
一 私共が、自分達のことを、子規先生に比べていふのは、不倫のことで相濟まぬことゝ思ひますが、子規先生の句集を見ますと、作の下に、一々、年月が記してあります。コンナことは、何んでもないことのやうですけれども、私は、コレだけでも、子規先生が非凡な方であつたといふことに感心する。
私は、此句集を作るに當り、自分で自分にあきれてしまつた。私は、不敏ながらも、俳句に全力を傾注してゐると自ら信じてゐる。句帖位は、當然、出來て居るべき筈である。然るに、私は、句帖どころか、句が、たゞ、鉛筆で次第もなく、手帳に書きつけてあるだけのことで、固より分類もなく、四季の區別すらなく、どの句か、何時、どこで、出來たといふやうなことは、殆んど知るに由なく、ソレのみならず、此句集が、明治何年に始まつて、大正何年に終つてゐるといふやうなことも、確とは知れず。この位のことは明かにしたいと思つて考へて見たのに、私が俳句を作つたそもそもの始めが、鴛鴦の句であつて、幹雄に褒められたことがあり、其句が、子規先生に見ていたゞいた句の中に、交つて居る處から推して、句作の最初の年月は、明治廿八九年の頃かと思はれる。ソレから、しばらく、句作に遠ざかり、八九年飛んで、明治三十四五年から昨今に至つたので、ホトトギス雜詠に、載録された句を土臺にして、其外、一度どこかで發表した句、及まだどこへも發表したことのない句を併せて本集を成すに至つたのであります。
一 私が、俳句を作り始めて以來、直接間接に、諸君から、御恩を蒙むつたことはいふまでもなく、其中で、何も知らぬ私が、斯道に志を立つるに至つた其因を與へられ、又は、私が、飽きるともなく、斯道に遠ざかつて、危ふく、俳句を捨てゝしまふところを、復び、元に引戻してくれた人々の御恩を記して、感謝の意を表します。
幹雄宗匠、私の家弟は、月並の俳人で、幹雄と交遊があつたので、私は、鴛鴦の俳句を作つて、家弟を介して見て貰つたことがある。其時、幹雄に大層褒められたのが嬉しくて、ソレから俳句に興味を持ち、一句二句と作つて見る氣になりました。
子規先生、私は、其頃、法律書を讀んでゐたので、理路整然たる科學書に馴れた眼には、月並者流のいふことなどは、馬鹿らしく、サウかといつて、古書に取つて掛るほどの智惠もなく、俳句は、面白いやうな、クダラナイやうな、變んなものだと思つてゐた、此時、たまたま日本新聞へ、獺祭書屋主人の俳句論が掲げられて、今まで、孵へるとも、腐るとも極らなかつた、私の俳諧思想が、忽然と殼を破つた。
雄美氏、私は、判檢事試驗に二度も落第して、モウ、俳諧どこの騷ぎぢやない。全く句作を止めて、一意、讀書に耽つてゐるうちに、何の彼のと妨害に逢つて、虻も取らず、蜂も取らず、八九年過ぎてしまひ、俳句のことを忘れてゐた時、不斗、雄美氏が訪問されて、子規先生のお許しや、前橋の景况など承り、燒杭に火がつき、また、ソロソロ作り始めたが、本氣になれず、此間が幾年か過ぎた。
へい(虫偏に丙)魚氏、明治四十年の秋だつた。へい(虫偏に丙)魚氏が、こちらの學校へ赴任して來られて、一日、突然、訪問にあづかつた。ソレ以來、日夕交遊して、益を請くることになり、同氏の發で紫衣會が出來、殊に、同氏が熱心で、且、嚴正な方だから、私も、是迄のやうに、氣まかせ仕事といふやうな生ぬるいことをしてゐられなくなつて、コヽに、初めて本氣になりかけた。 四明翁、併し、私が、本當に本氣になりだしたのは、四明翁の一言に感奮してから後のことだ。
私は、四明翁を全く知らない。たゞ、鳴雪翁と東西の大家だということを聞いてゐるのみで、申すも憚り多いが、妙な因縁があるのです。ソレは、ホトトギスの雜詠の創まつた時分、四明翁が、雜詠を評して、足並が揃はぬと言はれて居る、という記事が出たことがあります。何故、私はアノ記事に感奮したか、私は、固より、四明翁と一番取組んで見ようなどゝいふ、大いした了見はない。又、アノ記事が、特に、私に關することではない、四明翁とホトトギス俳壇乃至虚子先生との交渉で、私共末輩のあづかる所ではない。が、どうしたはずみか、飛んでもない所へ力瘤を入れて、馬鹿なお話しですが、私は、私ので力、ホトトギス雜詠が、左右し得らるゝものゝ如く一圖に考へ込んで、よしツ、足並を揃へて見せる、吃度揃へて見せる。とイスカモない考を起し、其時分私は雜詠に投句して居なかつたが、此時から急に一生懸命になりだし、只管、四明翁を降參させなくてはならぬと思つた。四明翁の一言は、私の爲めには、大なる興奮劑となつた。
一 私に、此集を作り、先づ、私の畏敬する、へい(虫偏に丙)魚先生に呈して、魯魚の誤りや、假名遣ひを正していたゞき、大概、間違はないと信じますが、中に、まだまだ文法にはづれた句があり、御注意を受けたのですが、私が、調子論や何か擔ぎ出して、横車を押したので、ソノまゝになつてゐる句も交つてゐます。ソレは、悉く、私の責任であります。
一 本集を公けにするに當り、虚子、乙字其他諸先生が、深厚なる御同情を賜はりたることを、謹謝仕ります。
大正五年秋九月
聾鬼 城 謹 誌
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目 次
新 年 之 部
時 候 | | | 地 理 | | | 初 暦 | | | 鍬 始 |
| | | | 飾 | | | 調 練 始 | ||
元 日 | | | 惠 方 | | | 門 松 | | | 彈 始 |
三 日 | | | | | | 書 初 | | | 鏡 開 |
四 日 | | | 人 事 | | | 食 積 | | | 猿 曳 |
三 ケ 日 | | | 御 慶 | | | 若 水 | | | 傀 儡 師 |
松 の 内 | | | 雜 煮 | | | 初 手 水 | | | 懸 想 文 |
廿日正月 | | | 歌 留 多 | | | 年 玉 | | | |
正 月 | | | 羽 根 | | | 初 荷 | | | 植 物 |
| | | 手 毬 | | | 左 義 長 | | | 福 壽 草 |
天 文 | | | 破 魔 弓 | | | 七 草 | | | |
お 降 | | | 繭 玉 | | | 用 始 | | | |
春 之 部
時 候 | | | 人 事 | | | 櫻 餠 | | | 天 文 |
| | | | 踏 靑 | | | |||
春 の 日 | | | 治 聾 酒 | | | 藪 入 | | | 霞 |
春 の 夜 | | | 畑 打 | | | 針 供 養 | | | 春 雨 |
餘 寒 | | | 目 刺 | | | 干 鱈 | | | 陽 炎 |
日 永 | | | 種 蒔 | | | 彼 岸 | | | 春 雷 |
暖 | | | 寒 食 | | | 野 燒 | | | 春 の 雪 |
長 閑 | | | 北窓開く | | | 接 木 | | | 東 風 |
春 の 宵 | | | 凧 | | | 節 分 | | | 春 の 月 |
朧 | | | 初 午 | | | 草 餠 | | | 殘 雪 |
行 春 | | | 雛 | | | 菊 根 分 | | | 風 光 る |
二 月 | | | 春 の 灯 | | | 野 遊 | | | |
冴 返 る | | | 摘 草 | | | 茶 摘 | | | 地 理 |
夏 近 し | | | 芋植うる | | | 鷄 合 | | | 春 山 |
山 笑 ふ | | | 雀 の 子 | | | 百 足 | | | 桃 の 花 |
春 水 | | | 烏 の 子 | | | 植 物 | | | 藤 の 花 |
苗 代 | | | 龜 鳴 く | | | 櫻 | | | 躑 躅 |
春 の 川 | | | 猫 の 戀 | | | 蘆 の 芽 | | | 蓮 華 草 |
氷 解 | | | 虻 | | | 韮 | | | 柳 |
動 物 | | | 鳥 交 る | | | 葱 の 花 | | | 蕨 |
蝶 | | | 親 雀 | | | 木 の 芽 | | | 芹 |
地虫出穴 | | | 鶸 | | | 蒲 公 英 | | | 山 吹 |
蝌 蚪 | | | 歸 雁 | | | 椿 | | | 蠶豆の花 |
田 螺 | | | 蜷 | | | 水草生ふ | | | 蕗 の 薹 |
猫 の 子 | | | 目 高 | | | 薺 | | | 李 の 花 |
鶯 | | | 蜂 | | | 梅 | | | 松 の 綠 |
蠶 | | | 小 鮎 | | | 鬘 草 | | | 木瓜の花 |
燕 | | | 白 魚 | | | 芍藥の芽 | | | 忘 勿 草 |
蛙 | | | 落 角 | | | 大根の花 | | | 茅 の 花 |
雲 雀 | | | 龍 昇 天 | | | 菜 の 花 | | | 要 の 花 |
夏 之 部
時 候 | | | 五 月 雨 | | | 夏 野 | | | 衣 更 |
暑 | | | 夏 の 月 | | | 夏 の 川 | | | 圓 座 |
炎 天 | | | 雷 | | | | | 虫 干 | |
日 盛 | | | 虎 が 雨 | | | 人 事 | | | 柏 餅 |
凉 | | | 夕 立 | | | 田 植 | | | 編 笠 |
夏 の 朝 | | | 雲 の 峰 | | | 麥刈麥打 | | | 夏 帽 |
夏 の 夕 | | | 五 月 闇 | | | 團 扇 | | | 裸 |
短 夜 | | | 靑 嵐 | | | 晝 寐 | | | 梅 干 |
土 用 | | | 露 凉 し | | | 霍 亂 | | | 雨 乞 |
秋 近 し | | | 旱 | | | 新 茶 | | | コ レ ラ |
四 月 | | | | | 繭 | | | 扇 | |
| | 地 理 | | | 夏 籠 | | | 蚊 遣 | |
天 文 | | | 夏 の 山 | | | 蚊 帳 | | | 夏 痩 |
鵜 飼 | | | 祇 園 會 | | | 水 馬 | | | 老 鶯 |
生 湯 | | | 日 傘 | | | まひまひ | | | 蠅 |
夏 羽 織 | | | 泳 ぎ | | | 蚊 柱 | | | |
端 午 | | | 井 戸 替 | | | 蚊 | | | 植 物 |
天 瓜 粉 | | | 川 狩 | | | 時 鳥 | | | 茄 子 |
柘榴取木 | | | 葛 水 | | | 金 魚 | | | 瓜 |
生 節 | | | 乾 飯 | | | 螢 | | | 茗 荷 |
暑氣當り | | | 打 水 | | | 蛞 蝓 | | | 馬鈴薯の花 |
鮓 | | | 幟 | | | 蝉 | | | 夏 草 |
祭 | | | 菖蒲太刀 | | | 蛇 の 衣 | | | 晝 顏 |
心 太 | | | | | 浮 巣 | | | 箒 木 | |
甘 茶 | | | 動 物 | | | 閑 古 鳥 | | | 百合の花 |
沖 膾 | | | 鹿 の 子 | | | 毛 虫 | | | 仙 人 掌 |
日 除 | | | 蟇 | | | 灯 取 虫 | | | 苔 の 花 |
藥 玉 | | | 蝙 蝠 | | | 孑 孑 | | | 筍 |
田 草 取 | | | 井 守 | | | うぐひ | | | 浮 草 |
蓮の浮葉 | | | 玉蜀黍の花 | | | 薔 薇 | | | 栗 の 花 |
蓮 の 花 | | | 藜 | | | さつきの花 | | | 菖 蒲 |
麥 | | | 靑 柿 | | | 十 藥 | | | 虎 耳 草 |
夕 顏 | | | 卯 の 花 | | | 宵待草の花 | | | 芥子の花 |
茨 の 花 | | | 酸漿草の花 | | | 櫻 の 實 | | | 靑 葉 |
玉卷芭蕉 | | | 大 葉 子 | | | あやめの花 | | | |
靑 芒 | | | 靑桐の花 | | | 牡 丹 | | | |
南瓜の花 | | | 鬼灯の花 | | | 柿 の 花 | | |
秋 之 部
時 候 | | | 秋 の 暮 | | | 冷 | | | 秋 雜 |
| | 暮 の 秋 | | | 新 凉 | | | ||
今朝の秋 | | | 秋 の 夜 | | | 秋 の 聲 | | | 天 文 |
夜 長 | | | 秋 の 日 | | | 二百十日 | | | 名 月 |
殘 暑 | | | 夜 寒 | | | 身に入む | | | 無 月 |
朝 寒 | | | う そ 寒 | | | 行 秋 | | | 月 |
十 六 夜 | | | 地 理 | | | 崩 簗 | | | 動 物
後 の 月 | | | 秋 の 山 | | | 放 生 會 | | |
秋 空 | | | 秋 の 川 | | | 七 夕 | | | 蟷 螂 |
秋 雨 | | | 出 水 | | | 籾 磨 | | | 鶺 鴒 |
秋 風 | | | 秋 の 水 | | | 花 火 | | | 稻 雀 |
露 | | | 刈 田 | | | 走 馬 燈 | | | 蜻 蛉 |
野 分 | | | 初 汐 | | | 迎 火 | | | 秋の蜂 |
立待月り | | | 花 野 | | | 魂 棚 | | | 虫 |
待 宵 | | | | | | 案 山 子 | | | 蛇穴に入る |
天 の 川 | | | 人 事 | | | 鳴 子 | | | 蓑 虫 |
稻 光 | | | 秋 耕 | | | 牡丹根分 | | | 秋 燕 |
稻 妻 | | | 燈 籠 | | | 澁 搗 | | | 鴫 |
秋 の 雲 | | | 相 撲 | | | 藻 刈 | | | 鶉 |
霧 | | | 糸 瓜 忌 | | | 天 長 節 | | | 雀化蛤 |
秋 霞 | | | 送 火 | | | 新 獵 | | | 螽 |
| | | 踊 | | | 落 水 | | | 屁放虫 |
|
落 鮎 | | | 蕎麥の花 | | | 鷄 頭 | | | 烏 瓜 |
鱸 | | | 蔦 | | | 萩 | | | 漆 紅 葉 |
蜩 | | | 柿 | | | 菱 の 實 | | | 秋海棠り |
秋 の 蝶 | | | 芋 | | | 唐 黍 | | | 木 犀 |
小鳥來る | | | 紅 葉 | | | 朝 顏 | | | 畦 豆 |
椋 鳥 | | | 南 瓜 | | | う ら 枯 | | | 秋 大 根 |
鵙 | | | 零 餘 子 | | | 破 芭 蕉 | | | コスモス |
秋 の 蝉 | | | 一 葉 | | | 唐 辛 子 | | | ず ゝ 玉 |
| | 掛 煙 草 | | | 柿 紅 葉 | | | 葉 鷄 頭 | |
植 物 | | | 芭 蕉 | | | 草 の 實 | | | 蓼 |
樫 の 實 | | | 稻 | | | 梨 鋏 | | | 蓮の實飛ぶ |
菊 | | | 新 米 | | | 栗 | | | 柳 散 |
水引の花 | | | 蘭 の 花 | | | 胡麻の花 | | | 杉 の 實 |
草 紅 葉 | | | 棗 | | | 尾 花 | | | |
冬 之 部
時 候 | | | 短 日 | | | 冬 の 雨 | | | 芭 蕉 忌 |
| | 冬 夜 | | | | | 蕪 村 忌 | ||
祝 月 | | | 凍 る | | | 地 理 | | | 來 山 忌 |
冬 の 日 | | | 霜 月 | | | 冬 山 | | | 袴 着 |
小 春 | | | | | 冬 川 | | | 帶 解 | |
寒 さ | | | 天 文 | | | 氷 | | | 綿 入 |
年 の 暮 | | | 雪 | | | 枯 野 | | | 蒲 團 |
大三十日 | | | 雹 | | | 冬 野 | | | 炬 燵 |
春 待 | | | 霜 | | | 水 涸 | | | 炭 |
冬 ざ れ | | | 凩 | | | 山 眠 | | | 火 鉢 |
除 夜 | | | 冬 の 月 | | | | | 榾 | |
師 走 | | | 霙 | | | 人 事 | | | 煮 凝 |
初 冬 | | | 冬 の 雲 | | | お 命 講 | | | 蕎 麥 湯 |
大 寒 | | | 北 風 | | | 報 恩 講 | | | 風 呂 吹 |
年 守 | | | 時 雨 | | | 十 夜 | | | 納 豆 |
冴 | | | 冬 空 | | | 維 摩 會 | | | 莖 漬 |
淺 漬 | | | 冬 座 敷 | | | 動 物 | | | 植 物 |
煤 掃 | | | 北 窓 塞 | | | | | ||
霜 除 | | | 襟 卷 | | | 冬 蜂 | | | 茨 の 實 |
火 事 | | | 毛 布 | | | 冬 蠅 | | | 落 葉 |
風 邪 | | | 冬 構 | | | 木 兎 | | | 枯 蓮 |
足 袋 | | | 乾 鮭 | | | 笹 啼 | | | 枯 草 |
麥 蒔 | | | 爐 開 | | | 河 豚 | | | 枇杷の花 |
麥 踏 | | | 柚 子 湯 | | | 鮟 鱇 | | | 冬 木 立 |
餅 搗 | | | 竹 ○ | | | 海 鼠 | | | 枯 藻 |
酉 の 市 | | | 柚 味 噌 | | | 寒 雀 | | | 歸 花 |
冬 籠 | | | 埋 火 | | | 鷹 | | | 山 茶 花 |
頭 巾 | | | 燒 芋 | | | 寒 鮒 | | | 冬 の 蘭 |
日向ぼこ | | | 寒 行 | | | 水 鳥 | | | 葱 |
亥 の 子 | | | 褌 | | | 鴛 鴦 | | | |
柴 漬 | | | 飾 賣 り | | | 蠣 | | | |
石 藏 | | | 湯 婆 | | | 狼 | | | |
註:○ は、竹冠に瓦。 |
新年之部
(中仕切り)
鬼城句集
新年之部
時 候
元旦や枯木の宿の薄曇り
元日やふどしたゝんで枕上ミ
三 日 一壺かろく正月三日となりにけり
四 日 小坊主の法衣嬉しき四日かな
三ケ日 門さして寺町さみし三ケ日
ともしらの酒あたゝめぬ三ケ日
松の内 松の内村人二人まゐりけり
廿日正月 正月も繿縷市たちて二十日かな
正 月 正月や何して遊ぶ盲者達
天 文
お 降 お降や羽根つきに行く傘の下お降や袴ぬぎたる靜心
地 理
惠 方 白雲の靜かに行きて惠方かな人 事
御 慶 御慶申す手にいたいたし按摩膏髻を女房に結はせ年賀かな
雜 煮 雜煮食うてねむうなりけり勿體な
もうもうと大鍋けぶる雜煮かな
歌留多 二つ三つ歌も覺えて歌留多かな
歌かるた讀み人かへてとりにけり
羽 根 靜かさや冴え渡り來る羽根の音
獅子舞に團十郎を知る子かな
前髮に二つはさむや羽根大事
手 毬 日暮るゝに取替へてつく手毬かな
杣の子の二つ持ちたる手毬かな
破魔弓 破魔弓を掛けて時めく主人かな
二つ掛けて老い子育つる破魔矢かな
四十二の鬼子育つる破魔矢かな
破魔弓をかけて寺ともなかりけり
繭 玉 繭玉や店ひろびろと船問屋
初 暦 吉日のつゞいて嬉し初暦
草の戸に喜び事や初暦
飾 古鍬を研ぎすましたる飾かな
壁にかけて二挺の鍬の飾かな
門 松 門松や蔭言多き吉良屋敷
松立てゝゆゝしき門となりにけり
門松や戸をさして住む百姓家
松立てゝ大百姓の門二つ
柴門に大きな松を立てにけり
書 初 庵主の禿筆を噛む試筆かな
食 積 食積や喜び事のつゞく家
若 水 若水のけむりて見ゆる靜かな
包井や老も起きそふ草の宿
初手水 上人の御顏なつかし初手水
年 玉 年玉や水引かけて山の芋
年玉や寺でくれたる飯杓子
年玉や大きな判の伊勢暦
初 荷 山里を通り拔けたる初荷かな
藥湯に四五俵の炭の初荷かな
左義長 左義長や河原の霜に頬冠
大穴に霜の煮え立つとんどかな
谷間の二軒の家のとんどかな
七 草 ことことと老の打ち出す薺かな
七草やもうもうけぶる馬の粥
とかくして冷たうなりぬ七草粥
用 始 向合うて墨すりかはせ用始
用始禿筆噛む小吏かな
鍬 始 鍬始小松並べて植ゑにけり
山畑に朝日大きや鍬始
鍬始乏しき酒をあたゝめぬ
烏帽子着て畑ヶ二打身三打かな
鍬始淺間ヶ嶽に雲かゝる
調練始 大筒をひき出て調練始めかな
彈 始 彈初や官位持ちたる琵琶法師
鏡 開 相撲取の金剛力や鏡割
猿 曳 老猿をかざり立てたり猿まはし
大猿に小さき着物や猿まはし
傀儡師 傀儡師鬼も出さずに去にゝけり
懸想文 薄墨のたよりなき色や懸想文
植 物
福壽草 福壽草咲いて筆硯多祥かな福壽草や卓に掛けたる白錦
福壽草何隱したる古屏風
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春 之 部
(中仕切り)
春 之 部
時 候
春の日 春の日や高くとまれる尾長鷄あかあかと大風に沈む春日かな
春の夜 春の夜や灯を圍み居る盲者達
春の夜や泣きながら寐る子供達
春の夜や上堂したる大和尚
上堂:禅宗で住持が法堂で、説教したり僧と問答すること。
餘 寒 春寒や隨身門に肥車竹うごいて影ふり落す餘寒かな
春寒や掘出されたる蟇
大寺に沙彌の爐を守る餘寒かな
鏈して小舟つなげる餘寒かな
仙人掌の角の折れたる餘寒かな
山寺に菎蒻賣りや春寒し
日 永 遲き日や家業たのしむ小百姓
遲き日の暮れて淋しや水明り
遲き日の暮るゝに居りて灯も置かず
遲き日やから臼踏みの臼の音
暖 遠山に暖き里見えにけり
石暖く犬ころ草の枯れてあり
暖く西日に住めり小舍の
暖や馬つながれて立眠り
長 閑 長閑さや大きな緋鯉浮いて出る
長閑さや鷄の蹴かへす藁の音
長閑さやてふてふ二つ川を越す
麥畑にわら灰打ちて長閑かな
曳馬の歩き眠りや長閑なる
ひとり歩く木曾の荷牛の長閑かな
春の宵 小百姓の飯のおそさよ春の宵
美しき娘の手習や宵の春
女夫して實家
朧 朧夜や天地碎くる通りもの
大門に閂落す朧かな
行 春 行春や机の上の金蘭薄
何燃して天を焦すぞ暮の春
淺間山春の名殘の雲かゝる
行春や畑ヶにほこる葱坊主
行春や淋しき顏の酒ぶくれ
春行くと娘に髮を結はせけり
亡き人の短尺かけて暮の春
行春や夕燒したる餘所の國
行春や看板かけて賃仕事
草の戸に春の名殘の倡和かな
春惜む同じ心の二法師
二 月 黑うなつて茨の實落つる二月かな
西行の御像かけて二月寺
冴返る 冴返る庵に小さき火鉢かな
冴返る川上に水なかりけり
夏近し 夏近き曾我中村の水田かな
夏近き近江の空や麻の雨
人 事
治聾酒 治聾酒の醉ほどもなくさめにけり治聾酒や靜かに飮んでうまかつし
畑 打 小男や足鍬
先祖代々打ち枯らしたる畑かな
畑打のよき馬持ちて踏ませけり
目 刺 束修の二把の目刺に師弟かな
目刺あぶりて賴みある仲の二人かな
種 蒔 種蒔いて暖き雨を聽く夜かな
種蒔や繩引き合へる山畑
寒 食 寒食や冷飯腹のすいて鳴る
北窓開く 北窓をこぢ放しけり鷄の中
凧 谷間に凧の小さくあがりけり
大凧や草の戸越の雲中語
初 午 初午や神主もして小百姓
初午や枯木二本の御ン社
雛 蕎麥打つて雛も三月五日かな
雛の間やひたとたて切る女夫事
春の灯
春の灯や掻きたつれどもまた暗し思ひわづらふことあり
摘 草 摘草や帶引きまはす前後ろ
摘草や○市たちて二三軒
○は、竹冠に瓜。「笊」の誤りかもしれない。
芋植うる 芋種の古き俵をこぼれけり芋植ゑて土きせにけり一つ一つ
芋植ゑて梶原屋敷掘られけり
櫻 餠 たんと食うてよき子孕みね櫻餠
踏 靑 靑を踏む放參の僧二人かな
藪 入 藪入に交りて市を歩きけり
針供養 山里や男も遊ぶ針供
干 鱈 干鱈あぶりてほろほろと酒の醉に居る
彼 岸 虎溪山の僧まゐりたる彼岸かな
野 燒 野を燒くや風曇りする榛名山
野を燒くやぽつんぽつんと雨到る
接 木 壁に題して主人を誹る接木かな
接木してふぐり見られし不興かな
柿の木に梯子をかける接木かな
節 分 思ひ出して豆撒きにけり一軒家
草 餠 草餠に燒印もがな草の庵
菊根分 妹が垣伏見の小菊根分けり
菊根分呉山の雪の覺束な
野 遊 野遊や餘所にも見ゆる頬冠
茶 摘 茶畑に葭簀かけたる薄日かな
ねもごろに一ト本の茶を摘みにけり
鷄 合 鬪鷄の眼つぶれて飼はれけり
鬪鷄の蹴上げ蹴おろす羽風かな
天 文
霞 榛名山大霞して眞晝かな石ころも霞みてをかし垣の下
郵便夫同じところで日々霞む
野に出でゝ霞む善男善女かな
夕霞鳥烏のかへる國遠し
落る日に山家さみしくかすみけり
春 雨 春雨や拜殿でする宮普請
春の雨かはるがはるに寐たりけり
新しき蒲團に聽くや春の雨
春雨や音させてゐる舟大工
春雨やたしかに見たる石の精
たらの木の刺もぬれけり春の雨
「たら」は、木篇に「采」の字。
春の雨藁家ふきかへて住みにけり慈恩寺の鐘とこそ聽け春の雨
陽 炎 陽炎や鵜を休めたる籠の土
春 雷 春雷にお能始まる御殿かな
春の雪 春の雪麥畑の主よく起きぬ
春雪に志ばらくありぬ松の影
東 風 門を出づれば東風吹き送る山遠し
春の月 春月に木登りするや童達
誰れ待ちて容す春の月
米搗に大なり春の月のぼる
殘 雪 谷底に雪一塊の白さかな
熊笹の中に雪ある山路かな
風光る
新しき笠のあるじに風光れ送 別
地 理
春 山 春山や松に隱れて田一枚春山や家根ふきかへる御ン社
山笑ふ 稚子達に山笑ふ窓を開きけり
春 水 大釜に春水落す筧かな
眞菰生えて春水生えて到ること早し
苗 代 苗代にひたひた飮むや烏猫
竹切れに髮の毛つけて苗代田
苗代を作りて伐るや楢林
春の川 山の日のきらきら落ちぬ春の川
春川の日暮れんとする水嵩かな
春川や橋くゞらする帆掛舟
氷 解 とけて浮く氷の影や水の底
動 物
蝶 てふてふのなぐれて高き焚火かな川風に吹き戻さるゝてふてふかな
てふてふの翅引裂けて飛びにけり
てふてふの虻に逃げたる高さかな
てふてふや鬚もうつりて石にゐる
てふてふや草にもどりて日暮るゝ
高浪をかむりて出づるてふてふかな
地虫穴を出づ 己ノ影を慕うて這へる地虫かな
地虫出てゝまた搜しけり別の穴
蝌 蚪 川底に蝌蚪の大國ありにけり
風吹いてうちかたまりぬ蛙の子
蛙の子泥をかむりて隱れけり
ちりぢりに出て遊びけり蛙の子
田 螺 靜さに堪へで田螺の移りけり
田螺賣る津守の里の小家かな
揚げ土に陽炎を吐く田螺かな
猫の子 猫の子や親を距離
鶯 鶯や隣へ逃げる藪つゞき
蠶 菜の花に煤掃をする飼家かな
口腫れて桑にもつかずお蠶休
いさゝかの蠶してゐる渡守
燕 曇る日や高浪に飛ぶむら燕
田のくろに猫の爪研ぐ燕かな
濁流や腹をひたして飛ぶ燕
大瀧を好んで飛べる燕かな
蛙 浮く蛙居向をかへて浮きにけり
事もなげに浮いて大なる蛙かな
雲 雀 百姓に雲雀揚つて夜明けたり
雀の子 雀子や親と親とが鳴きかはす
雀子や大きな口を開きけり
烏の子 つながれて黑々育つ烏の子
龜鳴く 龜鳴くと嘘をつきなる俳人よ
だまされて泥龜きゝに泊まりけり
龜鳴くや月暈を着て沼の上
猫の戀 犬吼えて遠くなりけり猫の戀
いがみ合うて猫分れけり井戸の端
虻 虻飛んで一大圓をゑがきけり
鳥交る 高き木を雀交ンで落ちにけり
親 雀 市に住ンで雀の親の小さゝよ
鶸 水あみてひらひら揚る川原鶸
歸 雁 日落ちて海山遠し歸る雁
雁金の歸り盡して闇夜かな
蜷 砂川の蜷に志づかな日ざしかな
目 高 菱の中に日向ありけり目高浮く
ひちひちと頭ラまはすや針目高
古沼にかたまつて浮く目高かな
蜂 をうをうと蜂と戰ふや小百姓
小 鮎 日暮るゝに竿續ぎ足すや小鮎釣
白 魚 白魚の九膓見えて哀れなり
落 角 鹿の角何にかけてや落としたる
龍昇天 龍昇つて魚介
百 足 鷄の二振り三振り百足かな
植 物
櫻 花散るや愁人面上に黑子あり志らしらと人踏まで暮るゝ落花かな
草の戸にひとり男や花の春
欝金
二人してひいて遊べよ糸櫻賀
よき馬や櫻に曳いて御奉納
山寺や彼岸櫻に疊替
吹きよせて落花の淵となりにけり
御經の金泥へげて八重櫻
花散つてきのふに遠き靜心
花ちりて地にとゞきたる響かな
花散るや耳ふつて馬のおとなしき
呼べど返らず落花に肥ゆる土の色墓 前
篝火の尾上にとゞく櫻かな
うつろ木のたゝけば鳴りて櫻かな
里人や古歌かたれ山櫻
愁人の首も縊らず花見かな
庭の雨花の篝火を消して降る
無信心の顏見られけり寺の花
四五輪の花に老木となりにけり
花雲のかゝりて暮れぬ三軒家
里人の堤を燒くや花曇
家こぼちて櫻さみしく咲きにけり
蘆の芽 蘆の芽にかゝりて消ゆる水泡かな
蘆の芽に水ふりまける水車かな
韮 韮畑や針金張つて御藥園
韮生えて枯木のもとの古畑
葱の花 鷄に踏み折られけり葱の花
葱の花ソクソクと風に吹かれけり
木の芽 西日して木の芽花の如し草の宿
たらの芽のほぐるゝ山の靜かな
たらの木の飽くまで刺を吹きにけり
「たら」は、木篇に「妥」の字。
蒲公英 芝燒けて蒲公英ところどころかな椿 椿咲く親王塚や畑の中
咲きかはりかはり八千歳の椿かな墓 前
石の上に椿並べて遊ぶ子よ
雨の中に落ちて重なる椿かな
一つ殘りて落ち盡したる椿かな
水草生ふ 水草の浮きも得せずに二葉かな
薺 猫のゐてペンペン草を食みにけり
薺咲きぬ三味線草にならであれ
梅 梅が香や廣前にゐて鷄白し
梅咲いて百姓ばかりの城下かな
鬘 草 鬘草かむつて遊ぶ童達
芍藥の芽 蟄龍の美しき爪や芍藥の芽
大根の花 大根咲く里に才女を尋ねけり
菜の花 種菜咲いて風なき國となりにけり
菜の花の夜明の月に馬上かな
桃の花 桃咲いて厩も見えぬ門の内
屏風して夜の物隱す桃の花
藤の花 谷橋に來て飯に呼ぶ藤の花
竹垣に咲いてさがれり藤の花
藤棚を落ち來て日あり二ところ
藤浪や峰吹きおろす松の風
岩藤や犬吼え立つる橋の上
躑 躅 谷川に朱を流して躑躅かな
蓮華草 蓮華野に見上げて高き日ざしかな
柳 靑柳や幕打張つて飛鳥井家
靑柳の木の間に見ゆる氷室かな
蕨 松風のごうごうと吹くや蕨取り
王公の履を戴かず蕨かな
蕨たけて草になりけり草の中
蕨出る小山讓りて隱居かな
食ふほどの蕨手にして飛脚かな
芹 根ツ杭を打ち飛ばしけり芹の中
山 吹 山吹に大馬洗ふ男かな
蠶豆の花 蠶豆
蕗の薹 蕗の薹二寸の天にたけにけり
蕗の薹や桐苗植ゑて棒の如し
李の花 落花する李かむりて小犬かな
蜂の巣に落花してゐる李かな
犬の來て李の落花掘りにけり
松の綠 金氣
木瓜の花 岨道を牛の高荷や木瓜の花
忘勿草 小さう咲いて忘勿草や妹が許
茅 花 川霧に日の出て咲ける茅花かな
要の花 かなめ咲いておのづと風に開く門
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夏 之 部
(中仕切り)
夏 之 部
時 候
暑 麥飯のいつまでも熱き大暑かな暑き日や簾編む音ばさりばさり
念力のゆるめば死ぬる大暑かな
暑き日や立ち居に裂ける古袴
衝立に隱れて暑き食事かな
暑き日や雜仕が着たる古烏帽子
暑き日や家根の草とる本願寺
暑き日やだしぬけことの火雷
暑き日や鰌汁して身をいとふ
暑き日や古竹燃してはぬる音
炎 天 炎天や天火取たる陰陽師
日 盛 日盛や合歡の花ちる渡舟
凉 凉しさや白衣見えすく紫衣の僧
死に死にてこゝに凉き男かな目から死に耳から死ンで暮の春と其角の言へるに答ふ
草刈の凉しき草の高荷かな
雜兵の兜かむらぬ凉しさよ
弟子達に問答させて凉みかな
凉しさや犬の寐に來る藏のかげ
布衣の身の勤め凉しや黄帷子
凉しさや梧桐もまるゝ闇の空
鳴かねども河鹿凉じき座右かな
そこそこに都門を辭して逃げ歸る
凉しさや小便桶の並ぶところ
凉しさや茸がはえてぬるゝ塀
夏の朝
男子生まれて靑山靑し夏の朝出 産
夏の夕 夏夕蝮を賣つて通りけり
短 夜 短夜や枕上ミなる小蝋燭
短夜や簗に落ちたる大鯰
短夜や舟してあぐる鰻繩
夏の夜や遠くなりたる箒星
家鳩や二三羽降りて明昜き
「昜」の字は原本のママ
土 用 でゝ虫の草に籠りて土用かな秋近し 秋近し土間の日ひさること二寸
秋近しとんぼう蛻けて橋柱
四 月 納豆をまだ食ふ宿の四月かな
天 文
五月雨 五月雨や起き上りたる根無草水泡立ちて鴛鴦
五月雨のふる潰したる藁家かな
五月雨や松笠燃して草の宿
鹽湯や朝からけむる五月雨
五月雨や浮き上りたる船住居
夏の月 麥飯に何も申さじ夏の月
長々と蜘蛛さがりけり夏の月
雷
北山に雷を封せよ御坊達天子不豫萬民憂色謹みて賦し奉る
雷の落ちてけぶりぬ草の中
北山の遠雷や湯あみ時
雷落ちて火になる途上かな
吹落す樫の古葉の雷雨かな
虎が雨 かりそめに京にある日や虎が雨
夕 立 夕立や橋下の君子飯自分
夕立の小ぶりになりぬてふてふ飛ぶ
夕立や池に龍住む水柱
雲の峰 海の上にくつがへりけり雲の峰
わら屋根や南瓜咲いて雲の峯
五月闇 提灯に風吹き入りぬ五月闇
靑 嵐 馬に乘つて千里の情や靑嵐
露凉し 露凉し形あるもの皆生ける
旱 山畑に巾着茄子の旱かな
地 理
夏の山 石段に根笹はえけり夏の山夏山や鍋釜つけて湯治馬
夏 野 ぐわうぐわうと夏野くつがへる大雨かな
蓑笠に大雨面白き夏野かな
夏の川 馬に乘つて河童遊ぶや夏の川
人 事
田 植 水の邊や大鍬小さき子に曳かれていばふ田植馬
麥 刈 麥刈や娘二人の女わざ
麥刈の大きな笠に西日かな
麥刈れば水到り田となりぬ
麥打の轉子に飛べるてふてふかな
團 扇 君來ねば柱にかけし團扇かな
晝 寐 松風に近江商人晝寐かな
霍 亂 霍亂や里に一人の盲者醫者
新 茶
新茶して五ケ國の王に居る身かな宇治の茶、萬古の急須、相馬の茶碗、美
濃の柿、伊香保の盆、かぞへ來ればなか
なかに勿體なし
繭 繭掻の茶話にまじりて目盲
夏 籠 夏籠や假りに綴ぢたる薄表紙
夏籠や月ひそやかに山の上
蚊 帳 高く吊つて蚊帳新しき折目かな
蚊帳の中に親いまは亡し月あがる
枕蚊帳の翠微に魂のかへり來よ悼吾雲兄愛兒
衣 更 衣更野人鏡を持てりけり
圓 座 君來ねば圓座さみしく志まひけり
虫 干 虫はみし机もありぬ土用干
柏 餅 酒飮まぬ豪傑もあり柏餅
編 笠 編笠に靑山をふり仰ぎけり
編笠に二日の旅の孤客かな
夏 帽
白頭を大事にかけよ夏帽子老 仲 間
裸 裸身や灸だになくて大男
裸身の一枚肋見はやしぬ
梅 干 小百姓の梅したゝかに干しにけり
梅干や中山道の小家勝ち
雨 乞 雨乞や僧都の警護小百人
コレラ 幾人のコレラ燒しや老はつる
扇 扇繪やありともなくて銀の浪
むくつけきをのこが舞へる扇かな
關取の小さき扇を持ちにけり
老いそめてなほ繪扇の小さなる老 妓
蚊 遣 蚊遣して馬を愛する土豪かな
ほそほそと白き煙や蚊遣香
川端に住ンで流すや蚊を燒く火
三たび起きて蚊を燒く老となりにけり
蚊をいぶしに淺間颪の名殘かな
水郷や家くゞらする蚊を燒く火
大榾の夜々の蚊遣に細りけり
夏 痩 夏痩や今はひとりの老の友
雜兵や頬桁落して夏痩する
鵜 飼 じやぶじやぶと鵜繩ひく子や叱らるゝ
鵜飼の火川底見えて淋しけり
生 湯 御佛目鼻もなくて生湯かな
夏羽織 風呂敷に包んで持てり夏羽織
老が身の短く着たり夏羽織
端 午 老いぼれて武士を忘れぬ端午かな
天瓜粉 老そめて子を大事がるや天瓜粉
草の戸や老い子育つる天瓜粉
柘榴取木 泥塗つて柘榴の花の取木かな
生 節 ありがたき一向宗や生節
暑氣あたり うち臥して侘めかしけり暑氣あたり
鮓 鮓壓して眞白な石を持ちにけり
鮓つけてだまつて去にし魚屋かな
祭 大雨に獅子を振りこむ祭かな
萬燈を消して侘しき祭かな
心 太 玉を吐く水からくりや心太
甘 茶 本堂に幕打ち張つて甘茶かな
沖 膾 臺灣へ行く舟通る膾かな
日 除 日除して百日紅を隱しけり
藥 玉 藥玉をうつぼ柱にかけにけり
田草取 田草取田の口とめて去にゝけり
二番草取つて八專晴にけり
祇園會 祇園會や萬燈たてゝ草の中
日 傘 船中に日陰を作る日傘かな
日傘して女牛飼通りけり
泳 ぎ 川風の幔幕を吹く泳ぎかな
泳ぎ子や胡瓜かぶりて浪の上
井戸替 井戸替や櫓かけたる岡の寺
川 狩 夜振の火うつりて水の黑さかな
川干や石に根を持つ川原草
葛 水 葛水の冷たく澄みてすずろさみし
葛水に乏しき葛をときにけり
乾 飯 乾飯
乾飯に市の雀の小さゝよ
打 水 打水や塀にひろがる雲の峯
幟 門の内馬もつないで幟かな
鯉幟眼に仕掛けある西日かな
飛騨山の質屋も幟たてにけり
菖蒲太刀
讀 孝 經
菖蒲太刀ひきずつて見せ申さばや
動 物
鹿の子 鹿の子のふんぐり持ちて賴母しき埓近く鼻ひこつかす鹿の子かな
蟇 さいかちの落花に遊ぶ蟇
蟇夕の色にまぎれけり
蝙 蝠 蝙蝠や飼はれてちゝと鳴きにけり
山寺や蝙蝠出づる縁の下
蝙蝠や三十六坊飯の鐘
蝙蝠や並んで打てる投網打ち
井 守 石の上にほむらをさます井守かな
水 馬 まひまひに勝つて遡
水泡を跳り越えけり水馬
相逐うて流れを上る水馬
まひまひ まひまひのきりきり澄ます堰口かな
月浮いてまひまひ遊ぶ野川かな
まひまひや影ありありと水の底
蚊 柱 蚊柱や吹きおろされてまたあがる
蚊 蚊を打つて大きな音をさせにけり
時 鳥 手燭して妹が蠶飼や時鳥
傘にいつか月夜や時鳥
時鳥鳴くと定めて落居けり是非もなき身の
金 魚 金魚の王魚沈ンで日暮るゝ
螢 さみしさや音なく起つて行く螢
螢來よ來よ魂も呼ンで來よ悼吾雲兄愛兒
市中になぐれて高き螢かな
蛞 蝓 蛞蝓
蛞蝓の土くれを落ちて志ゞまりぬ
蝉 唖蝉の捕られてぢゝと鳴きにけり
唖蝉をつゝき落して雀飛ぶ
蛇の衣 はたはたと蛇のぬけがら吹かれけり
浮 巣 親鳥の高浪に飛ぶ浮巣かな
鳰の巣の見え隱れする浪間かな
閑古鳥 雨の中を飛んで谷越す閑古鳥
毛 虫 土くれに逆毛吹かるゝ毛虫かな
灯取虫 松明に谷飛ぶ虫の見えにけり
机食ふ虫も出で飛ぶ燈下かな
行燈を押し動かすや灯取虫
灯ともせばばさと來りて蟷螂かな
孑 孑 孑孑の浮いて晴れたる雷雨かな
うぐひ 夕燒やうぐひ飛出る水五寸
老 鶯 老鶯に一山法を守りけり
蠅 草の戸や二本さしたる蠅たゝき
蠅の宿産婦に蚊帳を吊りにけり
植 物
茄 子 茄子汁の汁のうすさや山の寺手燭して茄子漬け居る庵主かな
瓜 瓜小屋に伊勢物語哀れかな
瓜小屋や莚屏風に二タ間あり
瓜主や使うて見する袖がらみ
瓜小屋や夕立晴れて二日月
茗 荷 茗荷汁にうつりて淋し己が顏
茗荷汁つめたうなりて済みにけり
馬鈴薯の花 じやが芋の花に屯田の詩を謠ふ
じやが芋咲いて淺間ヶ嶽の曇かな
夏 草 夏草に這上りたる捨蠶
夏草や繭を作りて死ぬる虫
晝 顏 晝顏に猫捨てられて啼きにけり
ひるがほに笠縫の里の曇りかな
箒 木 草箒二本出來たり庵の産
小百姓の嬉しき布施や草箒
箒木の露ふり落すむぐらかな
百合の花 白百合の花大きさや八重葎
仙人掌 仙人掌の奇峰を愛す座右かな
苔の花
苔咲くや親にわかれて二十年墓 前
筍 たかんなに繩切りもなき庵かな
浮 草 浮草や蜘蛛渡りゐて水平ら
蓮の浮葉 蓮の葉や波定まりて二三枚
蓮の葉や水を離れんとして今日も暮る
蓮の花 水泡に相寄れば消ゆ蓮の花
麥 麥飯に痩せもせぬなり古男
夕 顏 葭簀して夕顏の花騙しけり
茨の花 茨咲くや二三荷流す牛の糞
玉卷芭蕉 寺燒けて門に玉卷く芭蕉かな
靑 芒 お地藏や屋根しておはす靑芒
南瓜の花 南瓜咲いて西日はげしき小家かな
玉蜀黍の花 もろこしの花の月夜に住む家かな
藜 燒跡やあかざの中の藏住ひ
靑 柿 靑柿や虫葉も見えで四つ五つ
卯の花 赤う咲いてそらぞらしさや毒うつぎ
炭竈の煙らで淋しうつぎ咲く
酸漿草の花 かたばみの花見付けたり假の宿
かたばみに同じ色なる蝶々かな
大葉子 大葉子の廣葉食ひ裂く雀かな
靑桐の花 靑桐の落下に乾すや寺の傘
鬼灯の花 鬼灯の垣根くゞりて咲きにけり
薔 薇 くたくたと散つて志まひぬ薔薇の花
さつきの花 石に植ゑてさつきの花のさきにけり
十 藥 十藥や石垣つづく寺二軒
宵待草の花 宵待草河原の巣に落ちこむ日
櫻の實 道端の義家櫻實となりぬ
あやめの花 板橋や踏めば沈みてあやめ咲く
牡 丹 玄關に大きな鉢の牡丹かな
ぼうたんの蕾に水をかくるなよ祝 産 育
柿の花 澁柿の落花する井を汲みにけり
栗の花 蠶飼
ふきかへて栗の花散る藁家かな
菖 蒲 菖蒲かけて雀の這入る庇かな
虎耳草
虎耳草高 崎 郊 外
芥子の花 芥子の花がくりと散りぬ眼前
靑 葉 樟欅御門賴母しき靑葉かな
靑葉して錠のさびつく御廟かな
御造營や靑葉が下の杢の頭
靑葉して淺間ヶ嶽のくもりかな
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秋 之 部
(中仕切り)
秋 之 部
時 候
今朝の秋 今朝秋や見入る鏡に親の顏親よりも白き羊や今朝の秋
淺間山煙出て見よ今朝の秋
今朝秋や高々出たる鱗雲
夜 長 弟子達の一つ灯に寄る夜長かな
殘 暑 秋暑し芋の廣葉に馬糞飛ぶ
秋暑く水こし桶のかな氣かな
玄關の下駄に日の照る殘暑かな
朝 寒 朝寒や白き頭の御堂守
朝寒や馬のいやがる渡舟
秋の暮 秋の暮水のやうなる酒二合
門口に油掃除や秋の暮
鼬
さみしさに早飯食ふや秋の暮
暮の秋 女房をたよりに老ゆや暮の秋
蜜蜂のうちかたまりて暮の秋
暮秋や噛みつぶしたる長煙管
秋の夜 秋の夜や帙を脱する二三卷
秋の夜を藥師如來にともしけり
秋の日 砂原を蛇のすり行く秋日かな
本堂に秋の夕日のあたりけり
秋の日に泰山木の照葉かな
夜 寒 壁土を鼠食みこぼす夜寒かな
提灯で泥足洗ふ夜寒かな
軒下に犬の寐返る夜寒かな
うそ寒 うそ寒く嫁菜の花に日のあたる
冷 葬送や跣足冷たき家來達
冷やかに住みぬ木の影石の影
新 凉 新凉や花びら裂けて南瓜咲く
新凉や二つ小さき南瓜の實
秋の聲 灯を消して夜を深うしぬ秋の聲
秋聲や石ころ二つ寄るところ
二百十日 小百姓のあはれ灯して厄日かな
二百十日の月に揚げたる花火かな
身に入む 身に入むや白髮かけたる杉の風
行 秋 行秋や蠅に噛み付く蟻の牙
行秋や糸に吊して唐辛子
行秋や沼の日向に浮く蛙
秋 雜 痩馬のあはれ機嫌や秋高し
嬉しさや大豆小豆の庭の秋
天 文
名 月 今日の月馬も夜道を好みけり十五夜やすゝきかざして童達
小百姓の屏風持ちけり今日の月
十五夜や障子にうつる團子突
十五夜の月にみのるや晩林檎
十五夜の月に打ちけり鱸網
無 月 娼家の灯うつりて海の無月かな
藻を刈つて淋しき沼の無月かな
痩馬の無月に早き足掻かな
牛追ふや無月を好む牛の性
川上は無月の水の高さかな
五六疋牛牽きつるゝ無月かな
臆病な馬を渡船して無月かな
月 とく見よや門前月の出るところ
庵の窓にまだ月のある二十日かな
小百姓の醉うてねむるや月の秋
月出でゝつんぼう草も眺めかな
名月や海につき出る利根の水
月の戸やありあり見ゆる白馬經
飼猿や巣箱を出でゝ月に居る
二三尺月に吹きあげる吹井かな
山月や影法師飛んで谷の底
十六夜 甥の僧とさみしう酌みぬ十六夜
十六夜ひとりで飮んで醉ひにけり
月さして古蚊帳さむし十六夜
後の月 後の月唐箕の市に二三人
後の月に破れて芋の廣葉かな
橋の上に猫がゐて淋し後の月
後の月を寒がる馬に戸ざしけり
秋 空 秋空や日落ちて高き山二つ
秋空や逆立ちしたるはね釣瓶
秋 雨 秋雨やよごれて歩く盲犬
御佛のお顏のしみや秋の雨
秋雨や柄杓沈んで草淸水
秋雨や鷄舍に押合ふ鷄百羽
秋雨や眞顏さみしき狐憑
「憑」は原本では下部の「心」が「几」。
秋雨や賃機織りてことりことり秋の雨一人で這入る風呂たてぬ
秋雨に聖賢障子灯りけり
秋雨や石にはえたる錨草
秋 風 秋風や子を持ちて住む牛殺し
山畑や茄子笑み割るゝ秋の風
秋風に忘勿草の枯れにけり
街道やはてなく見えて秋の風
秋風や犬ころ草の五六本
秋風に大きな花の南瓜かな
露 土くれにはえて露おく小草かな
露草や弓弦はづれてむぐら罠
野 分 せきれいの波かむりたる野分かな
野分すや吹き出されて龜一つ
山川の水裂けて飛ぶ野分かな
野分して蜂吹き落す五六疋
野分して早や枯色や草の原
山川に高浪たつる野分かな
立待月 立待月かはほり飛ばずなりにけり
待 宵 待宵やすゝきかざして友來る
待宵や土間に見えたる芋の莖
待宵としもなく瓦燒くけむり
天の川 小舟して湖心に出でぬ天の川
稻 光 稻光しつゝ晴れたる三十日かな
草庵や隈なく見えて稻光
稻光芋泥坊の二人ゐぬ
稻光低くさがりてふけにけり
稻光雲の中なる淸水寺
稻 妻 稻妻の射こんで消えぬ草の中
秋の雲 秋雲や見上げて晴るゝ棚畑
霧 霧晴れてはてなく見ゆる泥田かな
川霧や鐘打ちならす下り舟
秋 霞 秋霞芋に耕す山畑
地 理
秋の山 秋山に僧と携ふ詩盟かな谷の日のどこからさすや秋の山
秋山や影して飛べる山鴉
秋の川 夕燒のはたと消えけり秋の川
秋川に釣して龜を獲たりけり
出 水 出水や牛引き出づる眞暗闇
出水して雲の流るゝ大河かな
出水や鷄流したる小百姓
泥水をかむりて枯れぬ芋畑
秋の水 秋水に孕みてすむや源五郎虫
秋水に根をひたしつも疊草
秋水や生えかはりたる眞菰草
刈 田 藪寺の大門晴るゝ刈田かな
初 汐 初汐や磯野すゝきの宵月夜
花 野 鞍壺にきちかう挿して花野かな
「きちかう」は「桔梗」
人 事
秋 耕 秋耕や馬いぼり立つ峰の雲秋耕や四山雲なく大平ら
燈 籠 燈籠提げて木の間の道の七曲り
草庵や繩引張つて高燈籠
相 撲 相撲取のおとがひ長く老いにけり
糸瓜忌 糸瓜忌や俳諧歸するところあり
糸瓜忌や秋はいろいろの草の花
送 火 送火や僧もまゐらず草の宿
送火や迎火たきし石の上
踊 學問を憎んで踊る老子の徒
草相撲の相撲に負けて踊かな
崩 簗 赤犬のひたひたと飮むや崩簗
放生會 放生會二羽の雀にお經かな
七 夕 七夕や笹の葉かげの隱れ里
雨降りて願の糸のあはれなり
籾 磨 籾磨つて臼引き合へる妹背かな
花 火 水の上火龍走る花火かな
飄々と西へ吹かるゝ花火かな
走馬燈 走馬燈消えて志ばらく廻りけり
迎 火 迎火や年々焚いて石割るゝ
迎火や戀しき親の顏知らず
魂 棚 魂棚の見えて淋しき寐覺かな
案山子 谷底へ案山子を飛ばす嵐かな
山かげの田に弓ン勢の案山子かな
鳴 子 里犬を追出してゐる鳴子かな
牡丹根分 牡丹根分して淋しうなりし二本かな
澁 搗 澁滓に蜻蛉の飛ぶ濱路かな
新澁の鼻もすさめぬ匂かな
藻 刈 藻を刈るや西日に沈む影法師
藻を刈りてさみしう浮ける蛙かな
天長節 天長節小菊結びて轅
新 獵 獵犬の狩入る草の嵐かな
落 水 落水浮草咲いて流れけり
動 物
蟷 螂 蟷螂に負けて吼立つ子犬かな蟷螂のばさりと落ちぬ枕上ミ
鶺 鴒 せきれいや水裂けて飛ぶ石の上
稻 雀 稻雀降りんとするや大うねり
蜻 蛉 大空を乘つて大山蜻蛉かな
大風や石をかゝへる赤蜻蛉
芋の葉や赤く眼に志む赤蜻蛉
蜻蛉や居向をかへる瀧志ぶき
谷風に吹きそらさるゝ蜻蛉かな
秋の蜂 萩にゐて巣にも歸らず秋の蜂
虫 さみしさに窓あけて見ぬ虫の聲
虫賣の虫のかずかず申しけり
虫鳴いてはらはら落る櫻かな
蛇穴に入る 蛇穴や西日さしこむ二三寸
蓑 虫 みの虫やはらはら散つて李の木
秋 燕 秋燕に川浪低うなりにけり
鴫 鴫立つて來しはうへ飛びにけり
鶉 鶉鳴く葎の宿の志るべかな
鶉鳴き鳩鳴き雨となりにけり
雀化蛤 蛤に雀の斑あり哀れかな
螽 稻刈りて草の螽となりにけり
美しき馬鹿女房や螽取
よろよろと螽
屁放虫 屁放虫を掻き出したる子犬かな
落鮎 川澄んで後さがりに鮎落つる
落鮎に水摩すつて行く投網かな
鱸 打網の龍頭に跳る鱸
蜩 蜩に黄葉村舍となりにけり
蜩に關屋嚴しく閉ぢにけり
秋の蝶 道の邊や馬糞に飛べる秋の蝶
蕎麦の花に飛んでまぎるゝ蝶々かな
小鳥來 小鳥この頃音もさせずに來て居りぬ
椋 鳥 椋鳥や草の戸を越す朝嵐
鵙 鵙鳴くや大百姓の門構
秋の蝉 海士が子の裸乾しけり秋の蝉
植 物
樫の實 樫の實の落ちて駈け寄る鷄三羽菊 白菊をこゝと定めて移しけり
野菊咲いて新愁をひく何の意ぞ憶 左 千 夫
白菊に紅さしそむる日數かな
一ト間一ト間白菊いけて草の宿
老が身の皺手に手折る黄菊かな
幕張つて菊千輪の玄關かな
夜の菊手槍の如くうつりけり
月蝕をおそれて菊に傘しけり傘 の 繪 に 題 す
菊の氣の騰りて庭の靜かな
市中や穢多まぎれ住む菊の花
水引の花 水引の花が暮るれば灯す庵
水引の花奉れ命婦達
草紅葉 土くれに二葉ながらの紅葉かな
砂濱や草紅葉してところところ
稻の中に夕日さしこむ紅葉草
蕎麥の花 山の上の月に咲きけり蕎麥の花
蔦 大木の枯るゝに逢へり蔦蘿
柿 柿賣つて何買ふ尼の身そらかな
柿秋や交易の市も昨日今日
柿秋や追へどもすぐ來る寺烏
柿の木に小弓をかけて晴れにけり
芋 石芋としもなく芋の廣葉かな
芋食うてよく孕むなり宿の妻
泥芋を洗うて月に白さかな
芋洗ふ池にあやめや忘咲
芋掘りの拾ひのこしゝ子芋かな
紅 葉 紅葉すれば西日の家も好もしき
紅葉志てしばし日の照る谷間かな
南 瓜 南瓜大きく畑に塞る二つかな
大南瓜これを敲いて遊ばんか
これをたゝけばホ句ホ句といふ南瓜かな畫 賛
似たものゝ二人相逢ふ南瓜かな思ひわづらふことありホトヽギスの舊本を見けるに○魚先生の
名あり知らぬ人なりしに今は明暮交じらひて骨肉も啻ならず
たまたま姓氏を同うするも宿縁淺からず
○は虫偏に「丙」の字。「○魚」で「へいぎよ」と読む。
南瓜食うて駑馬の如くに老いにけりうら畑や南瓜にさせる藁枕
零餘子 草庵に二人法師やむかご飯
零餘子
まらうどにさめてわりなきむかご飯
一 葉 大空をあふちて桐の一葉かな
桐の葉のうら返りして落ちにけり
掛煙草 荒壁の西日に掛けて煙草かな
煙草かけて猫歸り來る夕陽かな
芭 蕉 玉階の夜色さみしき芭蕉かな
稻 稻掛けて菊隱れたる垣根かな
稻積んで馬くゞらせぬ長家門
稻積んで木賃宿ともなかりけり
新 米 新米を食うて養ふ和魂かな
たんと食うて大きうなれや今年米小 兒 食 初
蘭の花 ひとりゐて靜に蘭の花影かな
花見えて四五枚蘭の長葉かな
棗 鼠ゐて棗を落す草の宿
新しき箕して乾したる棗かな
鷄 頭 二三本鷄頭植ゑて宿屋かな
萩 軍鷄の胸のほむらや萩が下
菱の實 菱の實と小海老と乾して海士が家
唐 黍
唐黍を四五本植ゑて宿直かな小 吏
もろこしや節々折れて道の端
朝 顏 朝顏のつる吹く風もなくて晴れ
朔日や朝顏さいて朝灯
うら枯 うら枯や鼠の渡る李の木
破芭蕉 眼前に芭蕉破るゝ風の秋
唐辛子 きびきびと爪折り曲げて鷹の爪
大男のあつき涙や唐辛子
柿紅葉 目ざましき柿の紅葉の草家かな
草の實 草の實をふりかむりたる小犬かな
梨 梨畑や二つかけたる虎鋏
栗 小さなる栗乾しにけり山の宿
胡麻の花 嵐して起きも直らず胡麻の花
尾 花 頂上の風に吹かるゝ尾花かな
烏 瓜 夕日して垣に照合ふ烏瓜
漆紅葉 石山に四五本漆紅葉かな
秋海棠
石灰を秋海棠にかくるなよ大 掃 除
秋海棠の廣葉に墨を捨てにけり
木 犀 木犀や月の宴の西の對
木犀やあはれ目志ひて能役者
畦 豆 畦豆に鼬
秋大根 ひげなくて色の白さや秋大根
コスモス コスモスの花に蚊帳乾す田家かな
ずゝ玉 ずゝ玉を植ゑて門前百姓かな
葉鷄頭 虫ばんで古き錦や葉鷄頭
蓼 犬蓼の花にてらつく石二つ
蓮の實飛ぶ 蓮の實のたがひ違ひに飛びにけり
柳 散 柳ちるや板塀かけて角屋敷
杉の實 杉の實や鎖にすがるお石段
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冬 之 部
(中仕切り)
冬 之 部
時 候
祝 月 祝月緋綿も見えて綿屋かな冬の日 冬の日や前に塞る己が影
冬の日や軒にからびる唐辛子
二三足下駄並べ賣る冬日かな
冬の日のかつと明るき一ト間かな
小 春 小春日や石を噛み居る赤蜻蛉
痩馬にあはれ灸や小六月
小春日や鳥つないで飼へる家
小春日に七面鳥の濶歩かな
紅葉して苺畑の小春かな
唐茄子の小さき花に小春の日
小春日や龍膽咲いてお頂上
大釜に楮煮る宿の小春かな
草の戸や糀筵に小春の日
寒 さ 庵主や寒き夜を寐る頬冠
死を思へば死も面白し寒夜の灯
影法師の壁に志み入れ寒夜の灯
活計に疎き書どもや寒夜の灯
一つづゝ寒き影あり佛達
眞木割つて寒さに堪ふや痩法師
寒き日や小便桶のあふれ居る市 日
年の暮 いさゝかの金ほしがりぬ年の暮
腹の底に何やらたのし年の暮
年の暮女房できたる小商人
大三十日 寺灯りて死ぬる人あり大三十日
いさゝかの借もをかしや大三十日
春 待 春待や草の垣結ふ繩二束
春待や峯の御坊の疊替
冬ざれ 大石や二つに割れて冬ざるゝ
冬ざれや二三荷捨てゝ牛の糞
除 夜 俳諧の帳面閉ぢよ除夜の鐘
除夜の鐘撞き出づる東寺西寺かな
師 走 門を出て師走の人に交りけり
初 冬 初冬の日向に生ふる鷄頭かな
蜂の巣のこはれて落ちぬ今朝の冬
猫の眼の螽に早しけさの冬
初冬や緋染紺屋の朝砧
大 寒 大寒や下仁田の里の根深汁
大寒やあぶりて食ふ酒の粕
年 守 年守りて默然とゐぬ榾盛ン
冴 棚畑のすみずみ冴えて見えにけり
短 日 短日や樫木原の葱畑
冬 夜 提灯で戸棚をさがす冬夜かな
若うどや大鮫屠る宵の冬
凍 る 凍道を戞々と來る人馬かな
「凍る」の「る」は原本では「ゝ」に似た字を縦に二つ重ねたような文字。
霜 月 霜月やかたばみ咲いて垣の下天 文
雪 遠山の雪に飛びけり烏二羽屋根の雪雀が食うて居りにけり
大雪や納屋に寐に來る盲犬
棺桶を雪におろせば雀飛ぶ
雪松ののどかな影や雪の上
道あるに雪の中行く童かな
棺桶に合羽かけたる吹雪かな
ぼろ市のはつる安火に吹雪かな
雹 雹晴れて豁然とある山河かな
霜 霜いたし日々の勤めの老仲間
凩 凩や水こし桶に吹きあつる
凩や手して塗りたる窓の泥
凩に後
冬の月 猫のゐて兩眼炬の如し冬の月
鷄市や鷄くゝられて冬の月
冬の月深うさしこむ山社
霙 樫の木に雀の這入る霙かな
冬の雲 冬雲を破りて峯にさす日かな
冬雲の降りてひろごる野づらかな過 關 原
冬雲の凝然として日暮るゝ
北 風
北風に鼻づら強詠 馬
北風にうなじ伏せたる荷牛かな
時 雨 振り立つる大萬燈に時雨かな
冬 空 冬空を塞いで高し榛名山
冬の雨 大木の表ぬれけり冬の雨
冬雨や蔓竿靑き竹の庵
地 理
冬 山 冬山の日當るところ人家かな冬山へ高く飛立つ雀かな
冬山を伐つて日當墓二つ
冬山に住んで葛の根搗きにけり
冬 川 冬川に靑々見ゆる水藻かな
舟道の深く澄みけり冬の川
氷 斧揮つて氷を碎く水車かな
石段の氷を登るお山かな
枯 野 烟るなり枯野のはての淺間山
大鳥の空搏つて飛ぶ枯野かな
一軒家天に烟らす枯野かな
冬 野 積藁に朝日の出づる冬野かな
水 涸 沼涸れて狼渡る月夜かな
山 眠 石段に杉の實落ちて山眠る
人 事
お命講 お命講や立ち居つ拜む二法師報恩講 道端の小便桶や報恩講
十 夜 お机に金襴かけて十夜かな
僧の子の僧を喜ぶ十夜かな
維摩會 維摩會にまゐりて俳諧尊者かな
維摩會や默々としてはてしなき
芭蕉忌 芭蕉忌や弟子のはしなる二聾者
芭蕉忌やとはに淋しき古俳諧
蕪村忌 蕪村忌やさみしう挿して正木の實
來山忌 殘菊や今宮草の古表紙
袴 着 袴着や老の一子の杖柱
帶 解 帶解や立ち居つさする母の親
綿 入 綿入や妬心もなくて妻哀れ
蒲 團 蒲團かけていだき寄せたる愛子かな
つめたかりし蒲團に死にもせざりけり
殺さるゝ夢でも見むや石蒲團
痩馬につけて蒲團の重荷かな
炬 燵 老ぼれて眉目死したる炬燵かな
老が身の何もいらざる炬燵かな
猫老いて鼠も捕らず炬燵かな
炭 炭取のひさごより低き机かな
炭を砕きて金聲を聞く夜三更
榾 老いぼれて目も鼻もない榾の主
榾の火にあぶりて熱き一壺かな
榾の火に大きな猫のうづくまる
天井に高く燃えあがる榾火かな
火 鉢 仁術や小さき火鉢に焚落し
煮 凝 煮凝にうつりて鬢の霜も見ゆ
蕎麥湯 古を好む男の蕎麥湯かな
風呂吹 風呂吹や朱唇いつまでも衰へず
納 豆 智月尼の納豆汁にまじりけり
納豆や僧俗の間に五十年
納豆に冷たき飯や山の寺
莖 漬 小さうもならでありけり莖の石
老いが手に抱きあげにけり莖の石
淺 漬 淺漬や糠手にあげる額髮
煤 掃 煤掃や馬おとなしく畑ヶ中
煤掃いて蛇渡る梁をはらひけり
煤掃の人代
煤掃いて卑しからざる調度かな
霜 除 大寺霜除しつる芭蕉林
火 事 庵主の志はがれ聲に近火かな
あはれさや犬鳴き歩く火事の中
上人や近火見舞うて御ねんごろ
風 邪 風邪ひいて目も鼻もなきくさめかな
足 袋 禰宜達の足袋だぶだぶとはきにけり
麥 蒔 麥蒔や土くれ燃してあたゝまる
麥蒔くいて一草もなき野面かな
麥 踏 麦踏の影いつしかや廻りけり
小男のこまごまと蹈むや麥畑
麥踏んですごすごと行く男かな
餅 搗 のし餅や狸ののばしゝもあらむ
餅搗に祝儀とらする夜明かな
雀來て歩いてゐけり餅筵
酉の市 人の中を晏子が馭者の熊手かな
冬 籠 縁側に俵二俵や冬籠
頭 親の年とやがて同じき頭巾かな
深く着て耳いとほしむ頭巾かな
日向ぼこ 大木
うとうとと生死の外や日向ぼこ
亥の子 草の戸や土間も灯りて亥の子の日
柴 漬 柴漬やをねをね晴れて山遠し
石 藏 石藏をめぐりて水の流れけり
冬座敷 片隅に小さう寐たり冬座敷註、石を積上げて柴漬をつゝみたらんが如
冬の山川に魚を誘ふ仕掛なり
北窓塞 北窓を根深畑に塞ぎけり
襟 卷 襟卷や猪首うづめて大和尚
毛 布 冬の野を行きて美々しや赤毛布
冬 構 あるたけの藁かゝへ出ぬ冬構
はらはらと石吹き當てぬ冬構
乾 鮭 乾鮭や天秤棒にはねかへる
爐 開 四五人の土足で這入る圍爐裏かな
柚子湯 柚子湯や日がさしこんでだぶりだぶり
竹 ○ 小舟して竹○沈める翁かな
○ は、竹かんむりに瓦。
柚味噌 柚味噌して膳賑はしや草の宿柚子味噌に一汁一菜の掟かな
埋 火 埋火や思ひ出ること皆詩なり
燒 芋 苦吟の僧燒芋をまゐられけり
寒 行 寒行の提灯ゆゝし誕生寺
褌 演 習
雜兵や褌を吹く草の上
飾賣り 飾賣りて醉ひたくれ居る男かな
湯 婆 兩親に一つづゝある湯婆かな
生涯の慌しかりし湯婆かな
動 物
冬 蜂 冬蜂の死にどころなく歩きけり冬 蠅 冬蠅をなぶりて飽ける小猫かな
冬蠅の志きりに迷ひ飛ぶ夜かな
人起てば冬蠅も起つ爐邊かな
木 兎 木兎のほうと追はれて逃げにけり
笹 啼 笹啼や蕗の薹はえて二つ三つ
河 豚 河豚の友そむきそむきとなりにけり
將門と純友と河豚の誓かな
鮟 鱇 鮟鱇の愚にして咎はなかりけり
海 鼠 市の灯に寒き海鼠のぬめりかな
寒 雀 枯枝に足踏みかへぬ寒雀
鷹 鷹老いてあはれ烏と飼はれけり
老鷹のむさぼり食へる生餌かな
老鷹の芋で飼はれて死ゝけり
椋鳥や大樹を落つる鷹の聲
寒 鮒 寒鮒を突いてひねもす波の上
水 鳥 水鳥の胸突く浪の白さかな
水鳥に吼立つ舟の小犬かな
鴛 鴦
美しきほど哀れなりはなれ鴛予若かりし時妻を失ひ二兒を抱いて泣くこ
と十年たまたま三木雄來る乃ち賦して示す
これ予が句を作る初めなり今こゝに添削を
加へず
蠣 蠣苞
狼 牛小屋に狼のつく鐡砲かな
植 物
茨の實 茨の實を食うて遊ぶ子あはれなり落 葉 落葉して心元なき接木かな
二三疋落葉に遊ぶ雀かな
枯 蓮 蓮の葉の完きも枯れて志まひけり
枯 草 枯草にふるひ落しぬ網の魚
枯草にてらつく石の二つ見ゆ
ほうほうと枯れてぬくしや茅の花
枯草に志み入つて消ゆ白糸の瀧
うら門に蔓草枯れてかゝりけり
枇杷の花 枇杷咲いてこそりともせぬ一ト日かな
冬木立 赤城山に眞向の門枯木かな
小鳥ゐて朝日たのしむ冬木かな
茶博士の冬木の時を好みけり
道端に根を張出して冬木かな
枯 藻 水底に沈ンで枯るゝあさゝかな
長々と根を引き這うて枯藻かな
歸 花 藁積んで門の廣さや歸花
歸花咲いて虫飛ぶ靜かな
山茶花 山茶花や二枚ひろげて芋莚
冬の蘭 水晶宮裏師走の蘭咲けり
大根を隣りの壁にかけにけり
葱 石の上に洗うて白き根深かな
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鬼城句集 終
<奥 付>
大正六年四月拾參日印刷 | 定價參拾五錢 | ||||
大正六年四月拾七日發行 | |||||
鬼 | 東京小石川區大塚坂下町六二 | ||||
編輯者 | 大 須 賀 績 | ||||
城 | 東京府下淀橋町柏木六九 | ||||
發行者 | 下 山 儀 三 郎 | ||||
句 | 東京市下谷區同朋町四 | ||||
印刷者 | 酒 井 惣 平 | ||||
集 | 東京市下谷區同朋町四 | ||||
印刷所 | 博 文 堂 印 刷 所 | ||||
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東京市麹町區麹町六ノ五 | |||||
發 行 所 | 中 央 出 版 協 會 | ||||
振替東京二八三八一番 |
表紙・背・裏表紙 と 奥付
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